《私の本棚 第百五十二》  平成21年11月号

       「パリの胃袋」   エミール・ゾラ Emile Zola作

 仏・1873年作  ルーゴン・マッカール叢書の第3巻。主人公はフロランという男。
1851年のナポレオンのクーデターで、無実の罪でギアナに流刑されたが密かにパリに戻ってきた。フロランに恩義を感じる異父弟の下に身を寄せて、事もあろうか、意に反していつの間にか中央市場の魚検査官という国家官僚の一員になってしまう。そしてまた、知らずしらずにクーデターを企てるメンバーの一員になるのだが、その間の市場の女達との敵対関係がストーリーを構成しています。
 表現したいことはいくつかあるようで、@当時の政治状況、A最新の建築物である中央市場の盛況、B善人と悪人は何によって分けられるのか等がテーマのようです。市場を舞台にしているだけあって、おびただしい種類の食べ物が出てきます。食材をよく知っている人なら、おそらく 「匂い」 や 「香り」、 「色」 を連想することと思います。
 料理本でもないのに、本を読んで匂いや香りを感じる作品は滅多に無いと思います。市場の地下には食物貯蔵庫、というよりは鳥を生きたまま保管したりより良い食材に仕上げる区域や、動物を解体する場所があります。そこは当然、暗く湿っていて血の匂いがします。地上にある区域では、明るく食欲をそそる香りが漂い、活況している店舗が並んでいます。陽の当たる場所と日陰、善と悪などを象徴しているようです。
 究極の商いは残飯屋でしょう。宮殿料理の食べ残しを仕入れて (?) 売るのです。豪華な料理を食べ残した貴族と、その残飯を買って食べる者。正にそれは市民生活の明暗を暗示しているようです。
 フロランは体制を覆そうとする悪党です。取り巻く人達は、その意味からすれば善人 (まっとうな人) である一般市民です。しかし善人はフロランを警察に密告します。フロランは反体制の思想以外は善人なのです。善人である一般市民は、フロランやその友人が残した大金を、縁故を主張して合法的に懐に収めます。

   作者は最後にこう言います。「まっとうな奴らというのは、なんて悪党なんだ!」 
錦市場、京の台所、あんな本こんな本




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