《私の本棚 第百五十一》  平成21年10月号

        「義経記」   室町時代初期・軍記物語  作者未詳
                     岩波書店・日本古典文学大系より

 岩波書店、日本古典文学大系に収録されているものを読みました。作者未詳とされていますが、編者はかなり教養の高い都人であったろうとされています。久しく接していない古典原文で読むので、外国語とは言わなくとも慣れるまで時間がかかりました。この古典文学大系は全100冊あります。20歳前後の頃に、発売されているのを知り 「歳をとったら全部読もう」 という感心な思い?でまとめ買いしました。その歳というのは何歳とも決められず漠然としたものでしたが、「今」でしょうか?。しかし哀しいかなこの本を机で読むとまるで勉強をしている様な錯覚に襲われますので、ベッドの中で読んでいます。時には睡魔から顔の上に本が落ちてきたりと大変です。
 鞍馬寺に預けられた幼少の頃から、平泉で自害するまでが書かれています。しかし、平家追討に関する部分は全く触れられず、軍記物とはいえ日陰の部分のみが際だって拾い出して書かれたものです。義経の事跡に関する説話は、殆どが義経記を基にしているといわれています。鞍馬天狗・橋弁慶・安宅の関などがそうです。
 安宅の関の話は、歌舞伎の勧進帳で有名です。弁慶が主君義経を、見ている人が目も当てられない程に打ち据えたおかげで乗船できるのですが、本来なら山伏からは徴収しない船賃を要求されます。それほどの迫真の演技をしたわけです。しかし、弁慶が義経を打つ場面はまだあります。新潟県境に近い山形県の念珠ヶ関 (鼠関) へさしかかる時、用心に用心を重ねて、義経を山伏の荷物を持ってついて歩く下種山伏に変装させます。更に後ろから牛や馬を追うように打ちながら歩きます。このおかげで関守は難なく木戸を開けて通しました。
 青森県津軽半島の三厩に義経寺がありますが、義経記にはその地名は出てきません。虚と実を取り混ぜて書かれたものですが区分をするのは学者に任せましょう。
 このサイトをアップしようとしている現在 (平成24年6月20日)、NHKの大河ドラマは「平家物語」を放映しています。17日の放映では清盛がその子重盛の婚礼の場で気弱な重盛を投げ飛ばすところで終わりました。清盛は帝の命により叔父 泣きながらも忠正を切りましたが、重盛 (血の繋がらない) は父清盛のようにはなれないと言います。一方の源義朝は父為義を切れなかったため冷や飯を食わされることになりますが、その子鬼武者は父義朝を助けていくと誓い後の頼朝へ成長していきます。

 10日の放映と併せると1185年4月25日の平家滅亡への流れがここに始まったように思えます。

       
夏草や兵どもが夢の跡  は敵味方に拘わらず皆いずれそうなる輪廻転生でしょうね  
鼠ヶ関、念珠ヶ関、あんな本こんな本




 鼠ヶ関 跡



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