《私の本棚 第百五十三》  平成21年12月号

                  「ヘブン」 川上 未映子 作

 まず読まないであろう作品を読みました。読まない理由は 「最近の作品はついて行けない」 です。
昨今の芥川賞や直木賞を受賞した作品は、題名からして意欲をそそらないし、書店で手に取って文字を追ってみても引き込まれるような感じが無い。これは偏に作品の出来ではなく自分の感性が時代について行けていないからだと思います。ならば、何故この作品を読んだかというと、あるTV番組で作者がこの作品に取り組み始め校了するまでの経過を追う企画がありました。初めての長編でもあり、旅館に引きこもったり、取材者から身を隠したりしながらやっと完成した作品です。しかしそれだけならやはり読まなかったと思いますが、編集部員とのやりとりの中で、今まさに校了という間際に、ある一文を修正しました。私はそれがどんな文章であったのか知りたくて読み始めましたが分かりません。群像の編集部に照会しても当然ですが教えてはくれませんでした。この作家が最後までこだわった文章とは如何なるモノであったのか気に掛かります。
いざ読んでみると、意外に理解できました。「僕」 や同じくいじめられ役の女子生徒 「コジマ」 の輪郭が少しずつ明かされてくる手法は共感出来るし、イジメというテーマもよく分かる。イジメを被害者から一方的に非難させずに、また加害者にもそれなりの理屈があることを見せている。物事の善悪理非ではなく、世の中には避けられないものが混在していることを表し、常に人はそれらに対してどういう姿勢で生きているのか、あるいはどう生きるべきなのかを問いかけているように思います。

 「コジマ」 は美術館のある絵をヘブンと呼んでいる。しかしどんな絵なのかは 「僕」 も読者にも分からない。作者はコジマに、ヘブンを神と言わせている。だが私は、その言葉とは裏腹に神・天国とunder heaven (この世に) を匂わせているようにも思う。「僕」 は最後にごくわずかな費用で、イジメの原因でもあった、あるいは自分はそう思い込んでいた斜視の手術を受けて輝くような美しい景色を見ます。

 この作者は哲学的にテーマを投げかけている。中学生にも是非読んでもらいたい。
 この作品は後日、平成22年 第20回紫式部文学賞 (宇治市) も受賞されました。 
クリスマスイルミネーション、あんな本こんな本、



 宇治市内

 クリスマスイルミネーション



 
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