《私の本棚 第百四十七》  平成21年6月号 

       「十五少年漂流記
   ジュール・ヴェルヌ 作

                               Jules Verne 1828 - 1905 仏 1888年作

 この物語は小学生の時読んだ記憶があります。ヴェルヌの作品群は空想科学小説という分野に位置づけられていますが、この小説は少し趣が異なります。発表当初はイギ リスやアメリカでの評判は芳しくなかったらしいのですが、理由は 「フランス人の少年が一番活躍しているから」 らしいということです。差し詰め今なら○○差別でしょうか。

 帆船で夏期休暇へ出発する予定の子供達が、大人の船員が誰一人乗っていないまま沖へ流され、無人島に漂着します。その島で子供だけの自治生活をする中で、成長していく様子を描いています。国籍は違っても、力を合わせれば何かをなし得るという事を表現しています。
 物語の中で、少年達が 「ロビンソンクルーソー」 や 「スイスのロビンソン(第一号で紹介)」 を読んだ事があるという設定をしています。中でもダチョウを飼い慣らして乗用にしようとする所は、明瞭に子供の口から 「スイスのロビンソンのまねをしようとしても無理だよ」 と言わせています。
 こういう類の物語は概ねそうですが、動植物の棲息設定に無理があります。そんなの無いナイと思われるものがかなりあります。総じてヴェルヌの作品は空想という冠がついていますが、数十年後にはそういう機器が実際に発明されているということで、記述が正確であるという評判なのです。しかし、数億年かかって進化した自然を、実際に見聞しないで書いたのですから、やはり致し方なかったのでしょう。

 と、こう書いてきて、少し寂しくなりました。事実なんてどうでも良いのです。いや、良いではありませんか?子供ばかり十五人が無人島で生活をする。結果の重大さを認識せずに、悪戯でもやい綱を解いた少年。最後には皆がその子を許す。平気で人殺しをする大人が漂着しても、皆で力を合わせて撃退する。すごいなあ!と感動。そんな 「無心」 や 「純粋」 は何処かに落としてきてしまった事に今気づきました。キーボードを打つ手の甲の皺が如実にそれを物語っています。 
秋田県八森付近、あんな本こんな本



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