《私の本棚 第百九》   平成18年4月

        「徒然草百三十七段」 兼好法師    

 著者は京都市吉田 (京大・本校付近) の感神院に住んでいました。家系は神祗官に奉仕した卜部氏。

花はさかりに、で始まるこの段は、全体的に 「無常」 を述べているようです。花見に行けば、未だ早かっただの、もう大方散ってしまっただのとしか感じることができない。どんな事でも初めと終わりが一入趣深いものなのに。祭り (葵祭) 見物でも、表面上だけを見る人にとっては、待つ間にあれこれと思いを巡らす事がない。奥の部屋で飲み食いをし、囲碁や双六をして遊び、桟敷に置いた場所取り兼見張り役の声があれば見に行く。またそんな連中は、花見に行っても大きな枝を容赦なく折り取ってしまって、眺めて楽しむ心がない。 都には人が多いけれど、人が死なない日はない。若いからといっても、強いからといっても、死の時期は予測できない。今日生きているのは有り難い不思議であると。

  庭のハクモクレンは、時ならぬ雹が降った事で、十日ほど早く散ってしまいました。

白木蓮、あんな本こんな本






 白木蓮


 本文との関係・・・発行の季節

 
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