《私の本棚 第百三十四》     平成20年5月

    「へんろう宿」    井 伏  鱒 二   

 作者は 明治38年広島県、中ノ土居という家号を持つ旧家に生まれた。この作品は所要で室戸岬に行くバスの中から、二階建て の小さな 宿屋に、「へんろう宿、一泊三十五銭」 と書いてあるのを見て空想で書いたという。
外見は漁師屋、居間から続く三室の続いた客間、煎餅蒲団ならぬ雑巾蒲団。宿の経営者はおらず、80歳60歳50歳の婆さんが3人と、12歳と15歳の女の子がいるだけ。こんな薄汚い宿にも、寝転んでよく見ると天井の梁に千社札が貼り付けてある。いささか不似合いな 「大願成就」 の札まで貼ってある。よく聞くと五人の女は皆赤子の時に捨て置かれたらしい。更に前の婆さんもその前の婆さんもそうであったという。淡々と 「この家で育ててもらった恩返しに、初めから後家のつもりで嫁にはいきません」 と言う。
 お遍路さんは、寺で般若心経を唱える。般若心経とこの五人の女達が重なり、生活そのものがお遍路のように感じられます。フィクションでありながら、実際にありそうな話にも思えてきます。
 
四国61番札所、公園寺、子安大師,あんな本こんな本





 香園寺、子安大師

 四国第61番札所

 
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